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Fudo Myo-O Gallery
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Inuki Fudo in Tochigi 居貫不動
居貫不動明王立像 Standing Statue of Inuki Fudo
平安時代 ... Heian Period
栃木県指定有形文化財 Cultural Property of Tochigi Prefecture
This statue is 98,3 cm long and made of pine, with inlayed eyes. The head is made extra and could be taken off, in case there was a fire or calamity in the temple.
Inside the body was a hollow with many inscriptions and sutras. There were also papers with names of families who had lived in the area around 1350.
Legend has it the statue was carried so far by a priest from North Japan, who stayed at the temple over night. When he left next morning, the statue was too heavy for him to carry on, so he just left it in the temple and went away (inuki).
像高98.3センチ、杉材、玉眼、現状古色仕上げである。構造は頭体部を後頭部から足元にかけて前後に割放し、内刳りを施してから首のところで割首とする。
この内刳りされた像内に多数の印仏や版本般若心経、版本梵字宝篋印塔、版本梵字真言などが納入されていた。印仏の多くは書状や仮名暦、下絵の表裏に印仏されており、極楽往生や滅罪、衆生利益を願ってのものである。
書状には「小栗殿」や「なかさと殿」など真岡周辺にいた人物の名前があり、観応元年(1350)ごろに納入されたものである。寺伝によると、その昔奥州から不動尊を背負ってきた僧侶が明朝あまりの重さにやむなく置いて行ったという。そのためいつしかい居貫不動と呼ばれるようになった。膨大な納入品を暗示するような話である。
© Temple Shogon-Ji 荘厳寺
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From inside the statue, various offerings were discovered:
不動明王立像胎内納入文書
世に居貫不動と呼ばれ信仰されてきた不動尊の像内全体から昭和48年に多量の納入文書が発見された。一部は像内に納められていたが、大別すると次のとおりである。
1.如意輪観音菩薩坐像摺仏 178枚 suributsu
2.薬師如来坐像印仏 49枚 inbutsu
3.地蔵菩薩立像摺仏 60枚 suributsu
4.具注暦(版木) 3巻
5.具注暦(版木) 69枚
6.摩訶般若波羅密多心経(版木) 14枚
7.宝篋印塔(版木) 52枚
8.六字名号(版木) 22枚
9.手紙等の紙に地蔵菩薩立像の摺仏 166枚 suributsu
これらの宝篋印塔や光明真言、般若心経、地蔵菩薩立像等の印仏や摺仏は、茨城県岩瀬町妙法寺の地蔵菩薩像から出た納入品のものと同版で、保存状態は良好である。これらの文書が像内に収められたのは最終年号のある貞和六年以降である。不動明王像の面前をはずして文書を取り出す直前の写真によると、不動尊の木寄法もこの膨大な文書を納入することを意図して行われたようである。
© Tochigi Pref. Bunkazai
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More Fudo Statues with scriptures and offerings inside
Ganjooju-In, Shizuoka Pref.
Inside the statue was a wooden tablet with a pagoda from the year 1186.
The statue was made by Unkei, ordered by Hojo Tokimasa.
願成就院(がんじょうじゅいん)は、静岡県伊豆の国市にある
不動明王ニ童子立像(大御堂・重文) - 本尊阿弥陀如来の眷属(脇侍)として安置されている。不動明王像の胎内に納められていた塔婆形銘札には、「文治2年(1186)5月3日、北条時政の発願により運慶が制作した」という趣旨の記載があり、運慶の真作であることと、制作時期が明らかになった。脇侍の制咤迦童子(せいたかどうじ)立像、矜羯羅童子(こんがらどうじ)立像にも同様に運慶の名が書かれた塔婆形銘札が胎内に収められており、運慶の真作と確認されている。30歳代の運慶の真作と呼べる作品は非常に少ないが、この不動明王ニ童子像はその時期の作品である。
中尊の不動明王像は筋骨隆々とした逞しい体つきが特色である。通常不動明王像は、片目で天、片目で地を睨み、口から2本突き出した牙も片方は上向き、もう片方は下向きである左右非対称の面相で表現されることが多いが、この不動明王像は平常眼であり、両目とも真正面を見据え、牙も両方とも上顎の牙である左右対称の面相となっている。また目は水晶に瞳を描いてはめ込んだ「玉眼」と呼ばれる技法で制作されており、爛々とした輝きを持つ。戦火を免れ現在に残る。この運慶作の平常眼の不動明王像を本尊とする者は、一宗を開くと伝えられている。新義真言宗の始祖である興教大師覚鑁の本尊は、この平常眼の不動明王であった。
© Wikipedia
GOOGLE with 不動明王 胎内
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Daruma Museum
Making Buddha Statues 仏像作りBasic Information
Treasures Inside a Statue : Tainai Butsu 胎内佛, 胎内仏
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4/17/2007
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